小説 昼下がり 第七話『冬の尋ね人。其の二 』



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 「その夫は兪(ユ)といって、こちら
の人だったの。侵(おか)してはならな
い一線を超えてしまいました。
 今は、自由が日本の基本理念になって
いますが、当時はそうではありません。
 母子(ははこ)の血は争えないと思っ
たわ。私と秋子のね。
 このまま秋子が、ここに居ても待ち受
けるのは苦難だけだと判断し、日本に帰
すことにしました。
 断腸の思いでした」
 由美は大きくため息をついた。
 「もちろん相手方、兪家は猛反対しま
した。それでも私は闘いました。
 兪家とねー。最終的に長女を秋子、次
女を兪家にとしました。
 その後、時間はかかりましたが、秋子
の次女は最終的に私が引き取りました。
 私の夫、李も快く迎え入れてくれて感
謝しています」
 由美は、胸の支(つか)えがおりたの
か、やわらかな表情を浮かべた。
 「その次女が啓一さん、あなたの横に
座っている娘(こ)よ。韓国名、慶姫
(キョンヒ)、日本名、白石陽子。
 性は兪、辛、どちらでも使うわ」
 啓一は返す言葉がなかった。

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 予想はしていたが、驚き以上の衝撃を
受けた。
 横を振り向くと、陽子の端整な表情に、
秋子の面影が重なりあった。
 血は水よりも濃し、という。
 陽子の黒い瞳はキラキラと輝いていた。
 啓一の心臓の鼓動は、由美と陽子に伝
わるほどだった。
      (三十六)
 「初めまして。あなたのことは、おば
あ様に聞かされています。
 陽子です。慶姫(キョンヒ)と云った
方がいいかしら。
 ソウル高麗大学(コリョテ ハッキョ)
を、昨年卒業しまして今、おばあ様のも
とで花嫁修業中です」
 生まれ育ったのが、この地であるが所
以(ゆえん)か、日本語の抑揚(よくよ
う)に若干の違和感を覚えたが、ほぼ完
璧な日本語に啓一は感嘆した。
 「私ね、学校ではハングルを話します
が、家では、おばあ様が許さないの。
 すべて日本語。
 また大学では日本語と英語を専攻しま
した。
 あなたも英語ですってね。
 お母様の手紙に書いてありました」

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 啓一は、陽子の明晰(めいせき)な言
葉と振る舞いに素養の高さを感じ取った。
 陽子は明るい表情で言葉を続けた。
 「私は時々、日本に行きます。お母様
に会います。姉にも会います。妙子さん
にも会います」
 啓一は一瞬、予期せぬ言葉に動揺した。
二の句が出なかった。知らぬは啓一のみ。
 秋子の意図するところが、少なからず
読めてきた。
 「でもね、おばあ様。私ね、不思議な
ことがあるの。どうして男の子がいない
のでしょう。私にはー。
 姉妹ばかり。姉でしょう、妹でしょう。
そして私でしょう。
 女系の血しか流れていないのかしら」
 「ホホホホ、陽子、それは私のせいで
はありません。
 あなたの曾祖父(そうそふ)すなわち、
私のお父様のせいかしらね」
 由美は口を押さえ、高らかに笑った。
 啓一は全体像が少なからず、読めてき
た。
 しかし、まだ心の靄(もや)が晴れる
ことはなかった。
 その一つ、秋子と絡む山田教授、屋台
の源さん、そして、本屋の親父のこと。

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